統失女の育児・闘病日記

統合失調症&双極性障害である「あやな」の育児・闘病日記です。

社会的に死に至る病

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障害者になった私は、健常者とは相容れない存在だ。

 

統合失調症を色んな人に理解してもらいたいか?

答えはNOだ。

中途半端な知識を与えて勘違いしてもらいたくない。

「なんかよくわからんけど苦しいらしい脳の病気」という認識さえしてくれればいいのだ。

 

監視が怖い、幻聴が聞こえる、とても不安だ、過呼吸になる。

私はそんな症状だが、これだって人によっては違うのだ。

統合失調症ってこういうのでしょ」なんて私について知ったかぶりをして欲しくない。

脳みそなんていうわけわからん複雑な器官が病気なんだから、簡単に説明できるものでもない。

 

誰だって毎日忙しく生きている。

いつ関わるかわからない人間の病気まで知って理解する必要は無い。

関わるようになって初めて、「そうなんだな」と思う程度でいい。

私だって、他の病気については知らないことだらけだ。

だからと言って学ぶ気はないし、関わりができた時点で「ふーん」と気に留める程度だ。

 

そして、理解して欲しいわけでもない私は差別されることは仕方ないことだと思う。

むしろ差別して欲しい。気の狂った危ないやつなんだと。

そうとも。だからこそ、様子をうかがって健常者より丁寧な対応(腫れ物のように扱うともいう)をして欲しいし、障害年金だって欲しい。

働かせたら簡単に発狂して仕事場に迷惑をかけるヤツなんだから、一定の金を与えて社会から隔離して欲しい。

なんて贅沢なことも思っているのだから、やはり気が狂っているんだろう。

 

私は自分の苦しみに対して一種の依存のようなものを持っている。

だから、「たいしたことないでしょ」なんて言われた日にはナイフを持って襲いかかるのだろう。

ん?つまりは、この苦しみを理解して欲しいということだろうか。

自分でもよくわかなくなってきたが、危ないやつなんだということだけはわかる。

やはり、隔離しないといけない存在だ。

 

「働けないから仕方がない」これはわかる。無理して働く必要はない。

「だからお金をちょうだい」これはわからない。障害を持つことは死に至る病にかかったことと理解していない者の言葉だ。

今の日本ではどんな障害者にも生きる権利はある。

しかし、これが自然界なら、とっくに見捨てられた命だ。

法律はどうであれ、働けない人間が保護されて当然と思っていてはいけない。 

 

さっき「金をくれ」と言ったばかりだが、あれはまぁ冗談だ。贅沢だってわかってる。

社会的に死ぬ病気にかかった私は、死ぬか養ってもらうしか無いのだ。

 

私は統合失調症ということを一部の人にしか話していない。

友達だからって、教える必要はないと思っている。

教えてしまって、「なにか配慮しなきゃダメかな?」なんて思われたら最悪だ。

そんな手間をかけたくない。同情されたくない。

 

仕事仲間も知らない。知っているのは社長だけ。

でも、仕事仲間には知ってほしいかもしれない。

「私は障害者なので仕事がうまくできなくても許してください」と舐めたことを言いたい。

社長は病気のことを理解した上で対応してくれるが、周りの人間には健常者だと思われている。それが苦痛だ。

健常者のふりをして仕事をしないといけない。

 

もう言っていることがめちゃくちゃで恥ずかしい。

でも、ぶちまけるのをやめられない。

 

そもそもこんな記事を書いたのは、昔働いていた会社の先輩に連絡を取ったら「元気そうで安心した!」と言われ、腹が立ったからだ。

全然元気なんかじゃない。苦しい。でも、この人に理解して貰う必要はない。

そう諦めたついでに愚痴りたかったのだ。 

 

一番近くにいる旦那だって私の病気は理解できないと言っている。

そりゃそうだ。監視されている感じや幻聴だなんて非現実的なこと、実際になってみた者しかわかるはずがない。

統合失調症について知って貰う必要はない。苦しいと言ったときに側にいてさえくれればいいのだ。

ん?やっぱり、理解して欲しいのだろうか、私は。

 

 

 

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