会えなくなるのは死ぬことと同義だと思っていた話

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※旦那自慢が多数含まれているので注意

 

旦那が2泊3日の社員旅行に行ってきた。

その前日まで私は幼子のように泣きわめき、散々困らせたのだ。

私という人間は旦那がいることで成立している。

旦那が帰ってこない生活など虚無以外の何物でもないのだ。

 

私は、会うことができなくなるのは、その人が死んだことと同じだと思っていた。

たとえ数日と言えど、死んでしまうことと変わらない。

だって会えないのだから。連絡もつかないのだから。

私との繋がりが消える、それは死である。遠く何処かで暮らしていたって、毎日安否が確認できるわけじゃない。そう、それは死である。

 

そんな考えのせいで通院のきっかけ、感情の暴走が起きたんだと過去を振り返る。

旦那(当時彼氏)が1週間の海外旅行へ行くことになり、毎日のようにメールをしていた私は衝撃を受けた。

当時は仕事が終わると彼氏にメールをして、おやすみの挨拶をするまでずっとやり取りをしていたのだ。

それが、できなくなる。1週間も。私と彼氏をつなぐたった1つの繋がりが、途切れる。

その事実に直面したとき、私は狂ってしまった。

 

このあたりの話は以下で確認してもらいたい。

治療前の話 カテゴリーの記事一覧 - 統失女の闘病日記

 

昨年も旦那は社員旅行に行っていたのだが、そのときに私がどうなったかはさっぱり覚えていない。

今回の旅行当日、私は戦地に送るかのような気持ちで見送った。

旅行先は飛行機の距離。何があるかわかったもんじゃない。

帰ってくる確信を失った私は能面のような顔つきで1日を過ごした。

 

…となる予定だったのだが、さすがメンヘラ女の旦那、私のためにこまめにLINEを送ってくるのだ。

お弁当の写真だったり、到着した場所の写真だったり、景色やホテルや食事なんかを逐一連絡してくるのだ。

実に出来た旦那である。この連絡のおかげで私は元気を取り戻した。

 

しかしやってきた寝る時間。恥ずかしい話だが、私はいつも旦那に寝かしつけてもらっている。

「おやすみ」と連絡しあってから私はギャン泣きした。

眠れる気配なんて全然なくて、旦那の枕に抱きついたり布団にくるまったりして落ち着こうとした。

でもダメだった。連絡が取れなくなって、私の中で旦那は死んだのだ。

近所迷惑にも散々泣き叫び、気がついたら寝落ちしていた。

 

2日目。虚無感に慣れた私は旦那からの連絡を待ちつつ、ひたすら寝て過ごした。

食事する意味すらわからなくなっていたので最低限口にするだけで終わった。

しかし1日目以上にLINEをくれたので、少し心穏やかだった。

夜には自撮り写真までくれた。お返しに笑顔の自撮りを送ったら、「目が笑ってない。口だけ無理やり笑ってる感じ。」「明日の夜帰るからな」と返された。

私が無意識とは言え無理して笑っていることに気づき、気遣ってくれたことに涙が出た。

さすが私の旦那である。

 

寝るときは旦那の布団で寝ることにした。

旦那の匂いに包まれて安心したが、どうにも”もし、帰ってこなかったら?”という悪い考えが頭に入り込んできて、そのたびに私は泣いた。

これが病気のせいなのか、ただの心配症なのかはわからない。

どちらにせよ、本当に勘弁して欲しかった。

お葬式のイメージが頭にこびりつき、遺影はどうするとか、遺体はあるのかとかそんな嫌なことばかり考えてしまう。地獄だった。

 

3日目の朝。私は愛しの旦那が帰ってくるという事実に歓喜していた。

飛行機に乗って連絡がつかなくなったときはビクビクしていたが、きっと大丈夫だろうと信じることができていた。

飛行機を降りた旦那からのLINEを見て私は跳ね上がり、最寄り駅まで迎えに行くことにした。

無事な姿で帰ってきた旦那を見て、私は顔がとろけきっていた。

 

……さて、ここまでが前置きである。

会えなくなることは死と同義か?否、連絡がつかなくなることが死と同義なのである。

いつでも連絡が取れるという安心感。それがなくなった人間は私の中で死んでいるのだ。

全然連絡を取らなくなった友人もいる。しかし、彼女たちはTwitterで生存確認できているので問題ない。

それに、連絡がつかなくなった訳でもない。彼女たちは生きている。

 

それにしても、ここまでめんどうくさいメンヘラ女の旦那が務まる私の旦那ってすごいな~。

「今世は修行」と言っているくらいだから相当大変なんだろうな。

 

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