不眠との戦い。
何から書けば良いのか…。
昨日までの症状を、朝から順に追って思い出してみる。
朝9時頃に起きて、うさぎの世話、旦那のお弁当作り、洗濯をする。
これは旦那が休みの日でない限りちゃんとできる。
会社に行く旦那を見送り、お昼まで寝室で二度寝する。
適当な時間にお昼を食べ、リビングでお昼寝をする。
よほど落ち込んでいる日でなければiPhoneで音楽をかけて。
仕事をする日は仕事を始める。
夕方5時か6時からうさぎのへやんぽを始める。
うさぎ2匹を同時に部屋に放ち、部屋の入口で横になって過ごす。
調子の悪い日は眠ってしまうし、おやつだって床に放り投げるだけだ。
夜7時過ぎに夕飯の支度を行う。
元気な日はいつもと違うメニューを作れる。
でも月に2、3度まったく作れない日がある。
夕飯後、食休みをしたら洗い物をする。
最近は旦那に代わってもらうこともなくなってきた。
うさぎにごはんを与え、お風呂に入る。
お風呂上がりはゲームやらTwitterやらをしてすごす。
どちらにも興味のない時期は旦那にちょっかいを出したり、のんびり音楽を聞いてすごす。
夜中の12時頃に薬を飲んで寝る。
(旦那に寝かしつけてもらわないと眠れない)
見られている感覚について。
監視というほどキツくはないが、私たちは常に見られている。
神に、守護霊に、そのような存在に。
1人1人に専属の監視者がいるのだ。
神の気もするし、完璧な私(あやなさま)な気もするが、やっぱり亡くなった祖母か祖父が見ているのだろう。
だって、おじいちゃんちょくちょく夢に出てくるし。心配してくれてるんでしょ。
悪いことを思っても罰を与えてはこない。
しかし、自分で「こんなこと思っちゃダメダメ!」と焦る。
仕事への思いについて。
私は、働かねばならない。働かない私には価値がないのだし、労働は国民の義務であるからだ。
働いていない人はゴマンといるが、その人達はその人達。
私は働かないといけない。
Webデザイナーの仕事は楽しい。
セラピスト兼社長からは「がんばっちゃダメだよ!楽しむんだよ!」と言われている。
がんばりたい。でもがんばっちゃいけないらしい。
楽しむのか……。
罪悪感について。
生きていることは罪である。仕事をサボろうとするのは罪である。うさぎと遊んであげないのは罪である。夕食もまともに作れないのは罪である。旦那にかまってもらおうとするのは罪である。
罪深い私は、食事をする権利なんてないのかもしれない。
おわり。